推しと私⑤ 「顔を上げて生きる」

推しと私
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Dynamiteとの衝撃の出会いから1ヶ月。

毎日DynamiteのMVを見て、関連作品を漁る日々が続いた。

 

とにかく毎日BTSで始まり、BTSで終わる。

この頃にはメンバー7人の個性もわかるようになってきて、全員大好きになっていた。

ものすごく誠実で、優しくて、かわいらしく、努力家な7人。

敬意と愛情はすでに湧いていた。

この時点でもうすっかり好きになったつもりでいた。

ここまで男性を追って、好きになったことはなかった。

初めての「推し」に舞い上がっていた。

 

ユンギがよく言われる「弾丸ラップ」。

彼はBTSのリードラッパーであり作曲家だが、ラップの実力が「アイドルラッパー」のそれではない。

こんなラップは今まで生きてきて一度も聞いたことがない。

 

私はラップをきちんと聴いたことはなかった。

ミュージカルが好きだったし、アニソンも好きだった。

その2つのジャンルにラップはあまりない。

勿論この時点で既に好きだったKPOPグループのTWICEにもMAMAMOOもラップパートはあるし、

BLACK PINKもラッパーラインがとても強いグループなのでそれなり聞いていたんだろうけど、

こんなにラップが味わい深く、メッセージ性の強いものだというのは知らなかった。

 

マイクを武器として戦うラッパー、SUGA。

彼が「AgustD」という別名義でも活動しているのを知ったのは、1ヶ月を過ぎたこの頃だった。

そして、私が彼のことを本当に好きになるのはここからだった。

 

私が彼を骨の髄から「愛している」と実感したのは、

Dynamiteを初めて見た時のような鮮烈な白い光の稲妻に打ち抜かれたような衝撃ではなく、

突然目の前ではらわたをぶちまけられて、

血みどろで何とか立っていた彼を抱きしめたような、

「きれいなもの」とは一番遠いところで求めた愛を全身全霊でもぎ取りに行ったような感覚を味わった日だった。

 

その日は寒さ厳しい北海道の2月末。

雪に覆われるスーパーの駐車場で買い物を終えてこれから帰ろうという時だった。

 

家に帰れば仏頂面の夫と、すぐに泣く息子、その息子を今預かってもらっている義母、

夫の仕事の敷地内の家、眠れない夜、落ち着いてできない食事。

 

週に一度義母に預かってもらえるようにはなったものの、

私にとっては息が詰まるような環境が待っていた。

 

息子のことは愛している。でも帰るのが怖い。

 

この1時間にも満たない買い物の時間を少しでも伸ばしたくて、何気なく車内でYouTubeを見始めた。

 

YouTubeにたくさんあるBTSの曲の和訳動画。

当時やっとユンギのソロ名義のAgustDについても知ったが、きちんと聞いたことはなかったし、

歌詞の意味ももちろん知らなかったので、

「AgustDの曲も聴いてみるかあ」と何気なく再生した。

 

それがThe Lastだった。

 

 

「成功してるアイドルラッパー

その裏側で弱弱しい自分が立っている」

 

世界がその画面と私だけになったようだった。

また音と時間が止まった。

窓の外の吹雪の音も、ここがスーパーの駐車場であることも、一瞬で忘れて画面に釘付けになった。

 

 

彼の人生を記したエッセイを読んでいるような、彼の口から直接聞いているような、そのどちらの感覚もあった。

苦し気な吐息、咳払いのような声が「こんなこと語るのは怖いよ」と言っているような気がした。

 

「一度きりの人生 他の誰より思い切って生きる

いい加減に生きるのは誰だってできるから」

 

「幾度となく精神をえぐった苦悩 彷徨った果てに正解はなかったな

売り渡したと思っていたプライドが 今じゃ俺の誇りになった

俺のファンよ堂々と顔上げてろ

どこのどいつが俺ほどやれるっていうんだよ」

 

 

ボロボロと涙がこぼれた。

何故泣いているのかわからなかった。

 

その声は私の周りにあった柔らかな棘を全部乱暴に抜き去って、丸裸の私を私に見せた。

 

おかしいな。彼のことを言っている歌なのに。

なんでこんなに自分を突き付けられるような気がするんだろう。

 

私は一体今まで何をしてきたんだろう。

苦しんできただけで、苦しむために生きてきたみたいだ。

 

私は呪うばかりだった。

家族を、土地を、何より自分の弱さを。

私は私。

世界で1人だ。どうしようもなく1人だ。

 

でも、「顔を上げていろ」と言ってくれる人がいた。

好きでいてくれることを許してくれて、愛を背中で見せて、私に顔を上げさせてくれる人がいた。

何度も何度も頭を押さえつけられて伏せられたこの顔を、

それでも地面に頬を擦り付けながら下げなかったこの顔を、「上げていろ」と肯定してくれた。

泥まみれで、もう二度と立ち上がれないかもしれないとうずくまったトイレの床で手をとったような感覚だった。

 

「俺のファンよ堂々と顔上げてろ」

 

彼のファンでいるためには堂々と顔を上げていなくてはいけない。

今までの惨めな弱い自分ではいけない。

彼が傷を見せてくれたからには、私はその思いに報いなくてはいけない。

彼のようになりたい。心からそう思った。

 

彼のように「抜け出した先」でこんなにも人の心を震わせることができたら、

私のこのどうしようもない人生も少しは意味があるような気がする。

意味があって欲しい。意味があるなら、それがいい。

 

彼もそうなんだ。この美しい彼も、私と同じ恐れを抱えていたんだ。

 

強くなりたい。強くなりたい。

親にも大切にされず、自分でも自分を大切にできず、

あらゆる相手から粗末にされ続けた自分は、

他人のせいにして、自分で自分を粗末にし続けた自分は、

彼と向き合うには醜すぎる。

 

自分が大切にされなくても、「こんな私は大切にされなくて当たり前だ」と俯いていたけど、

彼のファンなら大切にされなかったら怒らなければいけない。

私は大切にされなくてはいけない。

「大切にされる私」にならなくてはいけない。

「大切にされる恐れ」「私なんかには無理」

「私に価値があったなら、何で今までこんな思いをしなきゃいけなかったの」

『それは全部自分のせいだ』に、向き合う日がついに来た。

 

誰かのせいにして、何かのせいにして、中途半端に自分のせいにして逃げる。

全部自分のせいなんだ。全部自分で決めて良かったんだ。

 

私は怒っていい。怒ってよかったんだ。こんなに堂々と怒って良かったんだ。

こんなところで家族に隠れて車の中で泣いているような自分は終わりだ。

 

強くなりたい。

涙と鼻水でびしょびしょの顔を上げた。

真っ赤な瞳の、むくんだ顔の弱々しい女がいた。

この女を今から殺す。

私は私になるのだ。

 

人生で初めて「私」を呼んだ。

「私のなりたい私」。

今までどうせこんな風になれるわけないと何もせずに諦めていた私。

強くて美しくて優しくて、自分の傷を人に見せて一緒に頑張ろうと言える私。

人の背中を押して、微笑んでついて来いと言える私。

 

その腹の底にはどんなに怒りがあってもいい。

私を焼くこの怒りは、私が動く原動力だ。

消えない怒りを恐れるのは終わりだ。

 

私はこの人と出会うために生まれた。

 

 

今、私は彼を骨の髄から愛していると言える。

私の人生を変えたのは彼だし、私が探していたのは彼だし、

彼以外の推しはこれからの人生現れなくていい。

自分を愛せるようになったきっかけも彼だ。

彼が「堂々と顔上げてろ」と言ってくれるから、私は顔を上げて生きていける。

これからの人生、こんなにいい男を推せている自分が大好きでいられる。

迷った時には「彼に恥ずかしくない方」を選ぶようになった。

しんどい時には「お前ら誰の前で苦労したフリしてんだよ」という彼の言葉で奮い立つ。

 

誰よりも苦労して戦い続けてくれた彼がいるから、私も戦える。

傷だらけの背中を、肩を、支えていきたい。

 

迷ったら彼に戻って、彼の言葉と、彼の作ってくれた音楽に触れて、

彼の優しくてかわいい笑顔に触れて、大丈夫になってしまう。

 

 

ずっとずっと1人で色んなものを恐れていた私は、暗闇の中で立っているようなものだった。

どこに行けばいいのか、何を目指せばいいのか、何を頼ればいいのか、

どうすれば人から怒られないのか、嫌われないのか、わからなかった。

「正解」を探していた。

そんなものは世界のどこにもないのに。

 

 

彼は私の光だ。

 

彼が照らしてくれるから、私は初めて世界を見たような気がする。

彼が照らしてくれたから、私は自分の中に何本かに分かれる道を見ることができるようになった。

彼が照らしてくれたものは私の中でキラキラ輝いて

「これが君の美しいところだよ」「これが君が人に愛されるところだよ」と教えて、

増幅させてくれる。

その光の中にいれば、世の中の無遠慮な棘や悪意は優しいふりをした化けの皮を剥がされ、

醜い姿を晒す。その醜さは、「私には必要のないもの」だとわからせてくれる。

戦うべき時も、戦う必要のない時も、彼を見ていればわかる。

 

疲れたらその光の中に戻って、ぬくぬくと休んで、また頑張る。

目を閉じれば彼の笑顔が見えるし、

耳の奥では彼の優しい声が聞こえる。

 

この光は、もしこれから私が彼から離れるようなことがあっても消えない。

彼の思いは、彼に触れて震えた私の思いは、この血管の中をいつも走っているから。

私の心臓。私の光。

彼の作ってくれた道に今私は立って、選んで、歩いて、人を、自分を愛せるようになった。

かつての何もできなくて自分がわからなくて他人が怖くて四六時中警戒していた私に戻ることはない。

 

 

彼への愛は、私にとってはそんな、神を見たような愛なのだ。

私にとって最初で最後の推し。

私の生まれてきた意味をこの後も彼はずっと教え続けてくれている。

 

あの日、あの駐車場で、車の中で泣いたあの瞬間。

再び、私の人生のチャンネルが、カチリと回った音が聞こえたようだった。

それからしばらくして、Aさんに改めて

「私もBTSにハマりました。ユンギペンです」と言った。

 

「ペン」とは韓国語で「ファン」のことで、「ユンギ推し」のことを「ユンギペン」と言う。

ユンギペンと他人に名乗ったのは初めてだった。

 

「あ、ユンギですか?あれ?ユンギ今日誕生日じゃなかったかな?」

と返事が返ってきた。

 

信じられなかった。

 

「マジですか?」と聞いたら

「そうですよ、確か昼に配信があった気がする」と言われた。

初めて他人にユンギペンと名乗った日がユンギの誕生日だった。

他人からしたら些細なことだと思われるかもしれない。

でもこんなことからも、私は「やっぱり運命だったんだなあ」と感じて嬉しかった。

 

彼が満28歳になった2021年3月9日、私のユンギペンとしての誕生日にもなった。

私の初めての最愛の推し。

心がほこほこと暖かく、私は息子にだけ「今日ユンギ誕生日だったんだって」と言った。

彼はニコニコ笑ってくれた。

そして、ここから私の人生は大きく変わっていくことになる。

文中で出てくる歌詞はこちらの動画からお借りしました

コメント

  1. ジミンぺん より:

    途中まで読んだところで涙が止まらなくてまだ最後まで読めていません。私はTwitterの中の明るイロさんしか知らずその違いにびっくりしています。ユンギの存在はほんとに大きかったのですね。私は今人生と夫を憎みまくって子を連れてもうすぐ離婚します。残りの文章も大切に読みます。

    • イロ より:

      ありがとうございます。人生を憎みたくなる時も、周りの全てを憎みたくなる時もありますよね。でも、必ずこの人生で良かったと言える時が来ることを願っています。

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