2日間チケッティングのことで胸いっぱいだったので
今日もまだ胸いっぱいなんだけどさすがに本題に入ることにする。
この#毎日ユンギを語る は、ユンギのことならなんでも語っていい、というルールを自分に課し、3月の間毎日投稿するというものだ。
去年も#毎日ユンギの曲を語る というテーマで31日間書いたので、もし良ければ見ていただけると飛び上がって喜ぶ。
メニューから「バンタン」というカテゴリに飛んでいただければ読めますので。
彼のことなら語りたいことなんて一億個あるし、
ありすぎるがゆえに理路整然と語るのなんて諦めて、思ったことを日記のように書いていこうと思う。
さて、
私はゴリッゴリのリアコなんですが、
ユンギってバンタンメンバーのペンの中でも一番リアコが多いじゃないですか(イロ調べ)。
私もリアコであるということで、いつも思うのが、
「こんなに切なくて愛おしくて悲しいほどの感情を共有している人が数十万人いるってなんやねん」ということだ。
そんなことある?
一個の国くらいの人数が同じ感情を感じたことがあるって相当レアだと思うのだ。
でも、各国のアミのツイートを見ていると、やっぱり私と感じるところは似ているし、
彼に救われた人、彼に生まれて初めてのときめきを感じる人、忘れていた恋を思い出す人はめちゃくちゃ多い。
彼を見ていると(特にVラとか、彼が静かにアミと向き合ってくれている時)、
時々ものすごく切なくなるのはなんでなんだろう。
駆け寄って抱きしめたくなるような、
何も心配ないよって言ってあげたくなるような、
でも、それも全部見越した上で逆に私を包み込んでくれそうなあの感じ。
この感覚を感じるたびに、
「そうだった、彼のファンは世界中に数十、数百万人いるんだった」と気付く。
その中でゴリゴリのリアコの人数はわからないけれど、多分数十万人くらいいると思う。
彼の笑顔を見て生きていてよかったと感じて、
彼の言葉を聞いて救われて、
ステージ上の彼に魅了されて、
ウザいことを言う時も「仕方ないな」と愛おしくなって、
じっと画面を見つめる彼に吸い込まれそうになるほど愛おしさで溢れる人が、
同じ人を愛する人がこんなにたくさんいるなんて。
変な感じだ。
生きていく中でまさか数十万人と同じ感覚を共有することになると思わなかった。
1年くらい前は、それが嫌でたまらなかった。
「私のユンギの魅力に皆気付かないでよ!!」って思っていた。
勿論手遅れなんだけど。世界中の人に気付かれているので。
数十万人の敵がいると思っていた。
でも今はちょっと違う。
そういう気持ちになることもあるし、自分が「大衆」に属してるように感じるのが嫌な時もある。
でも、そんなこと本当にどうでもいいのだ。
愛があるのはすばらしいことだから。
私の中の愛も、他のユンギペンさんの愛も、優劣も大小もない。
「愛がある」ということが素晴らしいのだ。
この世の中には愛がないものが多すぎるから、
今は「何の因果か同じ男を心から愛してしまいましたね」とユンギペン同士困ったように笑いたいような気分だ。
あと、彼に本気で見つけてもらおうと思うのなら、「いい人間になろう」と思った。
彼に恥ずかしくない自分になって、隣にいてもいいと思いたい。
どんな形であれ、彼の弱さを受け止めたり、彼の大切な人の荷物を軽くしてあげたいと思った。
結局、彼への愛はこうして自分に返ってきて私は私のことを昨日より好きになれている。
でも、こんなきれいなことを言ってはいても、
カァーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!勝てねぇわーーーーーーーーーー!!!!!!!!!
クゥーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!
と、彼の笑顔で心がグラグラするたび思う。
やってらんねえよなほんと。
やっぱり私には愛するユンギペンたちがいないと無理だ。
勝てないんだから、あの男には。
チーム戦で行きましょう。
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