バンタンラップラインの脳みそをぐしゃぐしゃにかき回されて大好きになってしまう「普通のアーティストはここまでぶっちゃけて教えてくれない」シリーズ。
と、ふざけたが心底ふざけているわけではもちろんない。
飛翔が高すぎて、照らされる光が大きすぎて、大きすぎる、恐ろしすぎる影。
MVでは数十のスマホのライトに照らされて至近距離で撮られる姿、影に飲み込まれるような姿、鏡の部屋で無数の自分に囲まれる姿…様々な姿を見せてくれるがこれを日常に落とし込んで考えてみると、こんな恐怖があるだろうか。
彼らのコンサートは海外ではまさにこのMVのように無数の「ファン」により撮影され、拡散されていく。
どんな意図をもって拡散されるかは誰にも操作できない。
色んな人の目を、レンズを、翻訳を通して広がっていく自分でも操作しようのない自分の顔。
鏡の部屋で見る自分の顔は果たして全部同じ顔だろうか?
一人で歩くこともできない。何かに乗せられて、どんな速度で動くかも伝えられず、どこに着くのかも不明瞭なまま、気付いたら影に飲まれてしまいそうな恐怖。
アメリカAMAのあと、「ここまで高く飛ぶつもり」じゃなくてこれから先が怖くて一人シャワー室で泣いたユンギ。
「誰も到達していないところに行ってしまって、先に行った先輩がいればどうしたらいいか聞くこともできるけどそれもできない」と言っていた。
どれだけ怖かっただろう。
どれだけ不安だっただろう。
彼らの孤独は誰にもわからない。
でも、こうして伝えてくれる。
「頼むから俺を輝かせないでくれ
失望させないでくれ 飛ばさないでくれ もう怖いんだ」
「お前が望んだ飛翔」「俺の跳躍は墜落にもなり得るということ」
怖い。怖い。この高さから落ちたら一体どうなってしまうのか。想像すると怖くて死んでしまいそうだ。
でもユンギは去年私たちに答えをくれた。
「墜落は怖くても着陸は怖くない」
どれだけ公演の規模が小さくなって他人に笑われようとも、大切な人たちと着陸できるのなら怖くない、と。
こんなにも安心できる愛をくれる人がいるだろうか。
何年も何年も葛藤し続け、それを曲で見てきた長年のARMY達はこの言葉でどれだけ安堵したんだろう。私には想像することしかできないが、この言葉は不安になった時のバンタンとARMYの合言葉になった。
苦しんで、もがいて、怖くて泣いて、戦って、優しい優しい答えを見つけてくれたユンギ。
その全てを楽曲で教えてくれるユンギ。
いつか「shadowに打ち克った」曲も作ってくれるのかな。
蛇足だが、恐らくこのアルバムはユング心理学の影響を受けて作られている。「ペルソナ」「シャドウ」「エゴ」はユング心理学の代表ともいえる考え方なので興味がある人は調べてみても面白いと思う。
ちなみにシャドウとは「自分自身の認められない部分、その人が生きてこられなかった(生きてこられなかったことに何らかの悪の感情がある)側面」のことを指す。
他人のことがものすごく嫌で、なぜ嫌なのか考えてみると自分の中の認めがたい嫌な部分と酷似しているからだと気付く時などに使う。
最後の転調してからの部分がまさにここにあたるなあと思っている。
和訳はhttps://bts7suga-agustd.com/bts-shadow-full-lyrics-jp-translation/からお借りしました。
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